暮らしの新常識「これで食品ロスは確実に削減できる!」——真空スキンパック開発の全貌
【THE PIONEER〜開拓者たち〜】
「食品の保存期間を延ばすことができれば、食品ロスは確実に削減できるじゃないか!」
新たな包装技術開発によって私たちの食卓に革命をもたらそうと試みる開拓者がいる。「真空スキンパック」という新技術で地球環境から流通、家計まで私たちの暮らしの常識を変え、一気呵成に好循環にさせるべく取り組む開拓者がいる。「JAPAN PACK 2022(日本包装産業展)」の会場で東京食品機械の秦哲志会長に、新技術の全貌をうかがい、その実体に迫った。
■食品包装の仕方で食材の保存期間が4倍に
本年2月15日、東京都江東区の東京ビッグサイトで「JAPAN PACK 2022」(18日まで)が開催された。脱炭素社会への取り組み——CO2削減や近年問題化される「食品ロス」など社会課題解決、包装技術を通じて私たちの暮らしをさらに豊かにすることを目指したイベントである。同展示会には、300社を超える包装機械メーカーが参加し、環境対策、デジタル化をテーマとした新技術を披露した。その目的は、持続可能な社会の実現のため、包装の技術が地球環境と有限な資源のリサイクルに貢献できるものと打ち出されたことにある。
同展示会においてひときわ異彩を放っている実演ブースがあった。大きな機械で一瞬のうちに真空スキンパックを行う機械——東京食品機械の「ムルチバック トレーシーラーT300」である(写真参照)。
食品ロス。現在、日本では年間570万トンにものぼり、そのうち54%にあたる309万トンが事業系の、46%にあたる261万トンが家庭系の食品ロスである(「総務省人口推計(2019年10月1日)令和元年度食料需給表(確定値)」)。国民一人当たりにして毎日お茶碗一杯の食べ物123グラム、1年にして45キロを「食べられることなく」廃棄していることになる。これは、世界中で飢餓に苦しむ人々への食料援助量(2020年で年間420万トン)の1.4倍にあたるのだ。いかに「もったいない」かがわかる数字だ。
現在、食品ロスの主な原因の一つは生産、流通、食卓における消費期限の「短さ」にあるとも考えられる。つまり、精肉の場合、店頭に並べてから消費者が購入する前後で「保存期間」が十分でないため売れ残り廃棄されるケースや、購入された場合でも食卓に上がることなく消費期限が切れて廃棄されるという残念な悪循環にあるのである。さらに供給側では、消費期限間際の「値引き、廃棄」で売り上げのロスにつながってしまう問題も懸案とされていたのである。
この状況から最適な好循環サイクルに変えるべく国産の「真空スキンパック」の製品化にこぎつけたのが、東京食品機械の技術力である。
「私たち国産の真空スキンパックによって、食品の保存期間は大幅に延長可能となります。結論からお話しすれば、生産者側にも消費者側にも食品ロスを削減できる対策が可能となったと言えるのです」(秦会長)
まず、真空スキンパックとはどんな技術なのだろうか【下図参照】
真空スキンパックとは、食品の消費期限を損ねる原因である「酸化」を防ぐ技術である。読者もスーパーの店頭で普段目にするプラスチック製白トレーのラップ包装では、パック内の酸素を取り除くことはできないため、酸化を招き、かつその酸化によるバクテリアの増殖を抑えることができなかったのである。例えば、精肉の場合、肉質はすぐに劣化し、かつドリップ(液体)も溢れるのだが、真空スキンパックでは、この酸化を確実に抑えることに成功した。また、ドリップを抑えることで旨味成分の流出も抑えることにもつながったのである。
「例えば、生鮮食品である食肉の場合、従来のプラスチック製の白トレーラップ包装の場合、スーパーの店頭で購入後、2〜3日間で消費期限を迎えます。しかし、真空スキンパックでは購入後、肉の種類によっては保存期間にして4倍強(14〜15日間)も延長できるのです」(秦会長)
下の表を参照していただきたい。国産牛のサーロイン肉を包装別に、その保存期間の検査実験を行なったものであるが、従来の白トレーラップ包装と真空スキンパックを単純比較しただけでも(5対22/検査日数)、すなわち4倍強の消費期限を実現できている。
また、従来の「真空パック」との違いも2倍(11対22/検査日数)である。
「皆さんもハムやソーセージで見たことがあると思いますが、従来の真空パックのフィルムの技術では完全に気泡(空気の泡)を取り除くことができなかったのです。この気泡から酸化によりバクテリアもドリップだまりができ、旨味成分も流れ出てしまっています。私たちは、スキンパックフィルムの原料メーカーと国内フィルム製造メーカーの協力を仰ぎ、追従性(商品の形状に沿って隙間なく密着できる性質)のある完全に密閉可能な真空スキンパックの国産化を実現いたしました。とくに気泡とドリップをほぼ完全に抑えることができています」(秦会長)
2019年、世界的な食品ロス問題の動きを捉え地球環境への配慮を踏まえ、その課題解決のために原料を三井ダウケミカル社、フィルム製造を住友ベークライト社が、そして東京食品機械が包装技術の開発を担当したのである。
「真空パックの技術は、歴史的に60年代からありましたが、当時のフィルムは不完全燃焼するとダイオキシンが発生するなど一時使用されなくなりました。80年代末にドイツで真空スキンパックが開発されてからいまや地球環境への規制が厳しい欧米では日常生活のなかで常識となっています。私たちもSDGs(持続的可能な開発目標)の観点から国産による開発を行い、世界と足並みを揃えることを目指しました」(秦会長)
持続可能な社会への対応はまず、供給サイドからということになる。
現に「真空スキンパック」一昨年からは大手スーパーのダイエーが精肉と鮮魚での販売を開始。昨年、イオングループの約30店舗で国産フィルムでの精肉テスト販売が開始されている。
「例えば、真空スキンパックで白いプラスチックのトレーから紙のボード変えることも可能です。するとプラスチックの使用量削減にもつながりますし、例えばお肉の販売も平積みから吊るし販売も可能となり、陳列スペースもスマート化できます。また、消費者にとっても食品の計画的な購買によって長期保存が可能となり食品ロスをなくすばかりか、食卓における選択の幅、いつ調理し食べるかかという自由な選択肢が以前に比べて格段に広がっていくことにもなります」(秦会長)
生産者、消費者にとっても食品ロスを抑える経済的メリットがあり、また温室効果ガスを排出する食品ロス解決のうえでも、明確な対策として効果が期待される真空スキンパックの技術。しかし、欧米と異なり、日本ではまだ一気に変わってはいないようである。それはなぜなのだろうか。
「日本を含めたアジア系の人々には、赤い肉が新鮮である、という常識が壁となっているのではないかと思います。これは、大きな誤解であることを私たちは科学的に知っていいのではないかと思うのです」(秦会長)
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